肖像権

文書の法的な確認を表す天秤とタブレットのイメージ

📋 この用語の要点(林 拓海の視点)

取材の現場でいちばん相談されるのが、この「人物写真、載せて大丈夫ですか」という質問です。肖像権は法律の条文に載っていない権利なので、担当者が判断に迷いやすい領域だと感じています。この記事では、肖像権を著作権や商標権と混同しないよう整理したうえで、電子カタログやデジタルパンフレットに写真を載せるときの同意取得を、書面の項目レベルまで具体的に解説します。デジタル媒体特有の「拡散しやすさ」への備えまで押さえれば、公開後のトラブルはかなり減らせます。読み終える頃には、自社の撮影・掲載フローの穴が見えるはずです。

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目次

肖像権とは何か

肖像権とは、自分の顔や姿を、無断で撮影されたり公表されたりしない権利のことです。あなた自身の顔写真を、知らないうちに広告やカタログに使われたら困りますよね。その「困る」を守るのが肖像権です。

まず押さえておきたいのは、肖像権には性質の異なる二つの側面がある点です。ここを分けて理解すると、実務での判断がぶれにくくなります。

「人格権」と「パブリシティ権」の二つの側面

一つ目は、人格権としての肖像権です。これは「勝手に撮られたくない」「勝手に公表されたくない」という、精神的な利益を守るものです。一般の方の写真で問題になるのは、ほとんどがこちらです。

二つ目は、パブリシティ権と呼ばれるものです。有名人の名前や姿には、お客さんを引きつける経済的な価値があります。これを「顧客吸引力」と言います。この経済的価値を無断で利用されない権利が、パブリシティ権です。最高裁も、氏名や肖像がもつ顧客吸引力を守る権利として、この考え方を認めています。タレントや著名人を起用するときは、こちらも意識します。

近年は、SNSで人気のインフルエンサーに商品を紹介してもらう例も増えました。フォロワーの多い人物を起用する場合は、一般の方とは別枠で、利用範囲を定めた契約を結ぶのが安全です。

B2Bの電子カタログ制作では、社員やお客様といった一般の方の写真を扱う場面が中心です。そのため、まずは人格権としての肖像権をしっかり守ることが基本になります。なぜ二つの側面を分けて考えるかというと、守るべきものが「気持ち」なのか「お金の価値」なのかで、備え方が変わるからです。

著作権・商標権との違い

ここが最も混乱しやすいところです。肖像権は、著作権や商標権とはまったく別の権利です。一枚の人物写真には、複数の権利が同時に存在すると考えてください。

たとえば、あなたがカメラマンに料金を払い、社員の写真を撮ってもらったとします。写真の著作権を契約でカメラマンから譲り受けても、それだけでは掲載できません。写っている社員本人の肖像権について、別途、本人の同意が必要だからです。

商標権は、ロゴやブランド名を保護する権利で、こちらも肖像権とは別物です。三つの権利の違いを、簡単な表で整理しておきます。

権利 守る対象 主に許可を得る相手
肖像権 写っている人の顔・姿 被写体本人
著作権 写真という作品そのもの 撮影者(カメラマン)
商標権 ロゴ・ブランド名・マーク 商標の権利者

写真を使うときは「作品の権利(著作権)」と「写っている人の権利(肖像権)」の両方をクリアにする、と覚えておくと安全です。

法律に条文がない「判例上の権利」

意外に思われるかもしれませんが、日本の法律に「肖像権」という条文はありません。裁判の積み重ね、つまり判例によって認められてきた権利です。憲法が保障する個人の尊重を根拠に、人格的な利益として保護されています。

条文がないぶん、掲載してよいかどうかは、個別の事情を総合して判断されます。撮影した場所、目的、写り方、公表の必要性などを比べ合わせ、社会生活上がまんできる範囲を超えていないかを見る考え方です。だからこそ、後述する「本人の同意」を書面で得ておくことが、実務では何より確実な備えになります。

なぜカタログ・パンフレット制作で問題になるのか

紙のパンフレットの時代から人物写真は使われてきました。ではなぜ、今あらためて肖像権が注目されるのでしょうか。理由は、媒体がデジタルへ移り、写真の広がり方が変わったからです。

デジタル媒体は拡散・保存されやすい

デジタルブックやデジタルパンフレットは、URLひとつで世界中に届きます。便利な反面、スクリーンショットや画面の保存も簡単です。

紙なら配った部数で広がりが止まります。しかしデジタルは、いったん公開すると、どこまで複製されたか把握しきれません。「社内限定のつもりが外部に出回った」という事故も起こり得ます。人物写真を載せるなら、この拡散リスクを前提に同意を取る必要があります。

「写り込み」と受忍限度

現場でよく相談されるのが、背景に他人が写り込んでいるケースです。展示会の様子やセミナー会場の写真では、来場者の顔が入りがちです。

すべての写り込みが違法になるわけではありません。撮影の必要性や、その人が特定できるかどうかなどを比べ、社会通念上がまんできる範囲かで判断されます。とはいえ、判断は簡単ではありません。実務では、特定できる顔にはぼかしを入れる、人が少ない構図を選ぶ、といった予防が現実的です。迷ったら「写っている本人が見て嫌な気持ちにならないか」を基準にすると考えやすくなります。

個人情報保護法との関係

顔写真は、その人が誰か分かる情報なので、個人情報保護法上の個人情報にもあたります。つまり人物写真は、肖像権と個人情報の二つの観点から管理が求められます。

撮影データをどう保管し、いつ削除するか。誰がアクセスできるか。こうした管理ルールを決めておくことも、掲載可否と同じくらい大切です。海外の顧客や従業員が関わる場合は、GDPRなど各国の規制も視野に入れておくと安心です。

侵害するとどうなるのか

肖像権を侵害したと判断されると、被写体の方から二つの請求を受ける可能性があります。一つは、掲載の差止め、つまり写真の削除や公開停止です。もう一つは、精神的な苦痛に対する損害賠償の請求です。

金額そのものより深刻なのは、信頼の低下です。「勝手に写真を使う会社」という印象は、取引先や採用の場面にも響きます。特にデジタル媒体は拡散が速いため、対応の遅れが評判の傷を広げがちです。だからこそ、公開前に同意を固めておく予防策が、結果的に一番のコスト削減になります。

実務での同意取得の進め方

ここからが本題です。トラブルを防ぐ最大の武器は、撮影前・掲載前の「本人の同意」を書面で残すことです。口頭のOKだけでは、後で「そんな使い方は聞いていない」と食い違う恐れがあります。

同意書(肖像権使用許諾)に盛り込む項目

撮影モデルから同意を得る書面は、一般に「肖像権使用許諾書」や「モデルリリース」と呼ばれます。難しく考えず、次の項目を明記すれば実用に足ります。

  1. 利用目的(例:自社サービスの紹介、採用広報など)
  2. 掲載する媒体(例:Webサイト、デジタルカタログ、SNS、紙の資料)
  3. 利用する期間(無期限か、○年間か)
  4. 加工の可否(トリミングや色調整をしてよいか)
  5. 二次利用の範囲(別の資料への転用を認めるか)
  6. 対価の有無(無償か、謝礼ありか)
  7. 同意の撤回について(申し出があったときの対応)

特に忘れがちなのが「媒体」の欄です。ここに「Web・デジタル媒体での公開を含む」と明記しておきましょう。デジタルは拡散しやすいため、この一文があるかどうかで後の安心感が変わります。

撮影シーン別の実務ポイント

同意の取り方は、写す相手によって少しずつ変わります。代表的なシーンを整理しました。

シーン 実務での注意点
社員・従業員 雇用関係があっても同意は別に必要。退職後の扱いも決めておく
導入事例・お客様の声 掲載範囲を先方の会社と書面で確認。個人名・役職の表示可否も
イベント・会場 受付や会場入口に撮影・掲載の告知を掲示。写り込みはぼかしで対応
プロのモデル 撮影事務所と契約。利用期間・媒体の範囲を契約書で明確化
ストックフォト ライセンス条件を確認。用途制限(報道限定など)に注意

導入事例は、掲載後に先方から「その表現は削ってほしい」と連絡が来ることもあります。公開前に相手企業の担当者へ校正を回し、承諾を得る流れを組み込んでおくと安全です。

個別同意と「掲示による告知」の使い分け

一人ひとりから同意書をもらうのが理想ですが、現実には難しい場面もあります。たとえば、大きなセミナーや展示会で会場全体を撮る場合です。数百人から個別にサインをもらうのは、現実的ではありません。

こうしたときは、受付や会場入口に「撮影を行い、当社の資料やWebに掲載する場合があります」と掲示して周知する方法がよく使われます。写りたくない人が申し出られるよう、窓口も用意します。ただし、掲示で足りるかは状況によります。個人を大きく目立たせる使い方をするなら、掲示だけに頼らず、その人から個別に同意を得るのが無難です。近影を主役として使う写真は個別同意、群衆として写るだけなら掲示による告知、と切り分けると判断しやすくなります。

未成年・退職者への配慮

写っている方が未成年の場合は、本人だけでなく保護者の同意も得るのが基本です。学校や施設が関わる撮影では、その組織のルールも確認します。

退職した社員の写真も、実務で見落としがちなポイントです。在職中に同意を得ていても、退職を機に「削除してほしい」と求められることがあります。あらかじめ同意書で退職後の扱いを決めておき、削除依頼に応じる窓口を用意しておくと、対応がスムーズです。

注意点とトラブル回避のコツ

最後に、公開後に慌てないための注意点をまとめます。特にデジタル媒体ならではの落とし穴に絞って解説します。

ストックフォト利用時の落とし穴

素材サイトの写真は手軽ですが、油断は禁物です。ライセンスによっては「報道・編集目的に限る」と用途が制限され、商品PRやカタログでの使用が認められていないことがあります。

また、モデルの肖像権処理(モデルリリース)が済んでいる素材かどうかも確認しましょう。人物が写る素材は、購入前に利用規約の該当箇所を必ず読み、証跡としてスクリーンショットを残しておくと安心です。

掲載後の削除依頼への備え

デジタルは公開が簡単な一方、完全な削除は難しい媒体です。ダウンロードされたファイルや、他サイトへの転載までは追い切れません。

だからこそ、同意を得る段階で「削除には応じるが、拡散済みのものまでは回収できない」旨を共有しておくと、後の認識のずれを防げます。あわせて、版を差し替えたときに古い版が残らないよう、公開ファイルの管理ルールも決めておきましょう。過去の資料を社内サーバーに置いたまま忘れ、そこに削除済みの写真が残っていた、という取り違えも起こりがちです。

削除依頼を受け付ける窓口を明確にし、依頼から対応までの流れをあらかじめ社内で共有しておくと、いざというときに慌てずに済みます。誰が判断し、どの範囲まで削除するかを決めておくことが、迅速な対応につながります。

公開前チェックリスト

制作の最終段階で、次の項目を確認する運用にすると、掲載事故を大きく減らせます。

  1. 人物写真すべてに、本人の同意書があるか
  2. 同意書に「デジタル媒体での公開」が含まれているか
  3. 背景に特定できる第三者が写り込んでいないか
  4. ストックフォトの用途制限に反していないか
  5. 導入事例は相手企業の掲載承諾を得ているか
  6. 撮影データの保管・削除ルールが決まっているか

なお、肖像権の判断は個別の事情で結論が変わります。有名人の起用や、大規模なキャンペーンなど、影響が大きい案件では、弁護士など専門家に相談することをおすすめします。制度や運用は変わることもあるため、判断に迷う点は最新の公式情報や専門家の助言を確認してください。

よくある質問(FAQ)

社員の写真なら、会社の判断だけで自由に使えますか?

雇用関係があっても、肖像権は社員個人のものです。会社の判断だけで自由に使えるわけではありません。撮影と掲載について、本人から同意を得ておくのが基本です。特に退職後も掲載を続ける可能性があるなら、その扱いも同意書で決めておくと、後のトラブルを防げます。

口頭での「載せていいですよ」だけでは不十分ですか?

口頭の同意も無効ではありませんが、証拠が残りません。後から「そんな使い方は聞いていない」と食い違うと、水掛け論になりがちです。利用目的・媒体・期間を書いた同意書を交わし、書面で残すことを強くおすすめします。デジタル媒体での公開を含む旨も、必ず明記しておきましょう。

著作権の許可を得ていれば、肖像権もクリアできますか?

いいえ、別々に確認が必要です。著作権は写真という作品の権利で、許可を得る相手は撮影者です。肖像権は写っている人の権利で、許可を得る相手は本人です。カメラマンから著作権を譲り受けても、被写体本人の同意がなければ掲載できません。二つの権利は分けて処理してください。

背景に通行人が写り込んだ写真は使えませんか?

写り込みがすべて違法になるわけではありません。特定できるか、撮影の必要性はあるか、といった事情を総合して判断されます。ただ実務では、迷ったら顔にぼかしを入れるのが安全です。あるいは人が少ない構図を選ぶ、撮り直すといった対応で、リスクを避けられます。

ストックフォトの人物写真なら、同意は不要ですか?

多くの素材は肖像権処理(モデルリリース)が済んでいますが、油断は禁物です。ライセンスによって用途が制限され、商品PRやカタログでの使用が認められていない場合があります。購入前に利用規約を確認し、人物素材の使用可能な範囲を必ずチェックしてください。証跡を残しておくと安心です。

お客様の声(導入事例)を載せるとき、何に注意すべきですか?

顔写真だけでなく、会社名・個人名・役職の表示可否も確認します。公開前に相手企業の担当者へ校正を回し、掲載範囲の承諾を書面で得るのが安全です。先方の社内事情で「この表現は削ってほしい」と後から連絡が来ることもあるため、承諾のやり取りは記録に残しておきましょう。

一度同意をもらった写真でも、削除を求められたら応じる必要がありますか?

状況によりますが、本人の意向を尊重して削除に応じるのが望ましい対応です。特に退職者からの申し出には、柔軟に対応する運用が無難です。ただしデジタル媒体は、拡散済みのものまで完全には回収できません。同意の段階で、削除の範囲や限界を共有しておくと、認識のずれを防げます。

紙のパンフレットと、デジタル版で注意点は変わりますか?

基本の考え方は同じですが、デジタル版は拡散・保存されやすい点が異なります。URLで簡単に共有でき、スクリーンショットも撮られます。そのため同意書には「Web・デジタル媒体での公開を含む」と明記しておくことが重要です。公開範囲を限定したい資料は、閲覧制限の機能も併用すると安心です。

✏️ 林 拓海より

取材で中小企業を回っていると、肖像権を「なんとなく怖いもの」として避けている担当者に多く出会います。でも、正体が分かれば必要以上に恐れるものではありません。要は「写っている本人に、ちゃんと確認したか」に尽きます。今日お伝えしたかったのは、著作権と肖像権を分けて考えること、そして同意を書面で残すこと。この二つだけでも、掲載事故の大半は防げます。特にデジタルカタログやパンフレットは、公開したら一気に広がる媒体です。だからこそ、撮影前の一手間が効いてきます。私自身、現場では「あとで揉めるより、今スマホで同意書にサインをもらいましょう」とよくお願いしています。地味ですが、これが一番確実です。まずは自社の撮影フローを見直し、同意書のテンプレートを一枚用意するところから始めてみてください。判断に迷う案件は、無理せず専門家に相談を。安心して人物写真を活かせる体制ができれば、あなたの資料はもっと伝わるものになります。

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この記事を書いた人

B2B メディアで取材・執筆に4年従事し、製造業・教育機関・医療機関・自治体など業種の異なる現場で、デジタルブックやペーパーレス化の活用事例を取材してきました。カタログの電子化、社内マニュアルのデジタル配布、学校の教材配信、院内文書の管理——同じ「紙をデジタルに」という言葉でも、業種が変われば課題も成功の条件もまったく異なります。その差分を現場の担当者の言葉から引き出して記事にすることが私の仕事です。

取材で大切にしているのは、導入の成功談だけを並べないことです。実際の現場では運用に乗るまでに必ず試行錯誤があります。誰が更新を担うのか、紙を残す業務をどう線引きするのか、現場のITリテラシーにどう合わせるのか。担当者が本音で語ってくれた「うまくいかなかった段階」にこそ、これから移行する企業にとって価値のある情報があると考えています。インタビューでは表面的な感想ではなく、判断の背景と意思決定の順序まで踏み込んで聞くことを心がけています。

デジタルブックPDF メディアでは取材ライターとして導入事例・現場インタビュー・運用フローの記事を担当しています。執筆では専門用語をかみ砕き、自社の状況に置き換えて読めるよう、業種・規模・体制といった前提条件を必ず明示します。事例を「すごい成功例」として消費させるのではなく、「自社なら何から始められるか」を読者が具体的にイメージできることをゴールに据えています。紙からデジタルへの移行はツールよりも人と業務の問題であることがほとんどです。現場のリアルな声を丁寧に拾い、移行段階でつまずく実務的な課題を整理して届けること。それが取材ライターとしての私の役割です。

取材を重ねるほど実感するのは、移行に成功した現場ほど特別な技術ではなく、地道な合意形成と小さな成功体験の積み重ねを大切にしているという事実です。だからこそ私の記事では、華やかな導入効果だけでなく、誰がどの順番で何に取り組んだのかという過程を丁寧に描くようにしています。読者が「これなら自分の職場でも再現できそうだ」と感じ、最初の一歩を踏み出すきっかけになること。現場の声を預かるライターとして、その手応えを届け続けることを何よりの役割だと考えています。

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