📋 この用語の要点(林 拓海の視点)
「DXを進めたいが、任せられる人がいない」。取材先の中小企業で、いちばんよく聞く悩みです。この記事では、DX人材とは何かという定義から、中小企業が現実的に確保・育成する進め方までを整理しました。特別なエンジニアを採用する話ではありません。ペーパーレス化を題材に、社内の人をどう育てるかという経営目線でお伝えします。読み終えたとき、「まず誰に何を任せるか」の見取り図が描けるはずです。
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DX人材とは何か
DX人材の定義
DX人材とは、デジタル技術を使って業務や事業のあり方を変える取り組みを担う人のことです。ここでいうDXは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の略で、単なるIT化とは区別されます。紙の書類をPDFに置き換えるだけならIT化です。その先で業務の流れや意思決定のしかたまで変えるのがDXです。
DX人材は、その到達点を描き、現場を巻き込んで実現へ導く役割を持ちます。特定の資格や職種を指す言葉ではありません。エンジニアだけでなく、企画・現場・経営をつなぐ人も含みます。中小企業では、一人が複数の役割を兼ねることも珍しくありません。
もう少し具体的にいうと、DX人材は「橋渡し役」です。経営が描く方針と、現場が抱える不便。この二つをつなぎ、技術という道具で埋めていきます。片方だけを見ていては務まりません。経営の言葉と現場の言葉、その両方を通訳できることが強みになります。だからこそ、業務そのものへの理解が土台になります。専門技術は、あとから身につけても間に合う場合が多いのです。
「ITに詳しい人」との違い
よくある誤解が、「パソコンに強い人イコールDX人材」という見方です。ツールの操作に詳しいことと、変革を主導できることは、別のスキルです。DX人材に本当に必要なのは、業務の課題を見つけ、デジタルで解く道筋を描く力です。
たとえばペーパーレス化を進めるとき、大事なのは「どのソフトが速いか」ではありません。「なぜ紙が残るのか」を突き止め、現場が使い続ける形に落とす力です。技術の知識は、その手段のひとつにすぎません。
もちろん、技術がまったく不要というわけではありません。ツールの得手不得手を知っていれば、選定は速く正確になります。ただ、順番が大事です。まず課題を見つけ、次に手段を選ぶ。この順を守れる人が、本当のDX人材です。道具から入ると、目的を見失いがちになります。
なぜ今DX人材が注目されるのか
背景には、古い社内システムが事業の足かせになる2025年の崖という課題があります。老朽化したレガシーシステムを放置すると、保守費用がふくらみ、データの活用も進みません。これを乗り越える担い手として、DX人材の確保が急務になっています。
人手不足も理由のひとつです。限られた人数で成果を出すには、業務効率化を主導できる人が欠かせません。だからこそ「誰に任せるか」で悩む会社が増えています。
取材の現場でも、担い手不足は深刻です。「やりたい気持ちはあるが、動ける人がいない」。そう話す経営者は少なくありません。ツールは安くなり、情報も増えました。それでも前に進まないのは、旗を振る人が社内にいないからです。DX人材とは、この空白を埋める存在だといえます。裏を返せば、一人いるだけで会社の動き方が大きく変わります。まずは一人を決めることが出発点です。
DX人材に求められる要件と役割
国が示すスキルの目安
経済産業省とIPA(情報処理推進機構)は、必要な能力の目安として「デジタルスキル標準」を公表しています。ここでは、事業を構想する人、システムを作る人、データを扱う人など、役割ごとに求める力を整理しています。専門用語では「人材類型」と呼ばれます。
中小企業が、この類型をすべてそろえる必要はありません。自社の課題にいちばん近い役割から押さえるのが現実的です。なお制度や内容は見直されることがあります。参照するときは、最新の公式情報を確認してください。
具体的な職種名にとらわれる必要もありません。大切なのは「自社に足りない機能は何か」を言葉にすることです。標準は、そのための共通言語として役立ちます。社内で役割を話し合うとき、共通のものさしがあると議論がぶれにくくなります。学び直しのポータルとして経済産業省の「マナビDX」なども公開されています。無料で学べる講座もあるため、育成の入口として覗いてみる価値はあります。
中小企業で本当に必要な人材像
大企業のように専門職を細かく分ける余裕は、中小企業にはありません。まず必要なのは、次の3タイプです。
- 推進役:全体の旗振りをし、経営と現場をつなぐ人
- 実務役:ツールを選び、設定・運用まで手を動かす人
- 現場役:業務をいちばんわかっていて、改善案を出せる人
一人が兼ねても構いません。大切なのは、この機能を社内に持つことです。とくに現場役は、外部からは補いにくい存在です。自社の業務を知る社員こそ、DX人材の中心になります。
採用や配置の場面でも、この3タイプで考えると迷いが減ります。すべてを一人に求めると、条件に合う人はまず見つかりません。役割を分けて考えれば、社内の誰にどれを任せるかが見えてきます。まずは現場役を軸に据え、推進役と実務役をどう補うかを設計します。実務役だけを外部に頼る、という組み合わせも十分に成り立ちます。
スキルよりマインドが効く
取材を重ねて感じるのは、技術力より姿勢が成否を分けるという点です。新しいやり方を面白がれるか。失敗を責めずに試せるか。ここが弱いと、どんなに高機能なツールも定着しません。
育成では、まず小さな成功体験を積ませることが近道です。「一つの帳票が電子化できた」で十分です。手ごたえがあれば、人は次の課題へ自分から動き出します。
逆に、この姿勢さえあれば知識は後から補えます。分からないことは、調べるか、詳しい人に聞けば済みます。実際、文系出身の担当者が推進役として活躍する例は数多くあります。大切なのは、変化を前向きに受け止められるかどうかです。採用や社内公募でも、この点をぜひ見てあげてください。経歴よりも、日ごろの動き方に人材の芽が隠れています。
実務での確保・育成の進め方
社内育成と外部採用の使い分け
DX人材は、外から採るか、中で育てるかで迷いがちです。中小企業では、コア業務を知る社員を育てるほうが向く場面が多いと感じます。両者の違いを整理します。
| 観点 | 社内育成 | 外部採用・委託 |
|---|---|---|
| 業務理解 | 深い(すでに知っている) | 浅い(把握に時間が要る) |
| 立ち上がり | 遅め | 速め |
| 主なコスト | 教育の時間 | 採用費・委託費 |
| 定着のしやすさ | 高い | 離職・契約終了のリスク |
| 向く場面 | 継続的な推進 | 立ち上げ・専門領域の補完 |
外部の力は、最初の設計や専門的な部分に絞って借りるのが賢い使い方です。土台づくりを手伝ってもらい、運用は社内に残す。この形が長続きします。
判断に迷ったら、こう考えると整理できます。自社の業務に深く関わる部分は、社内で育てる。技術的に難しく一時的な部分は、外部で補う。この線引きができれば、コストと定着を両立しやすくなります。すべてを外に出すと、次に頼るときも同じ費用がかかり続けます。社内に知見が積み上がらない点も見過ごせません。
ペーパーレス化を題材にした育成ステップ
育成は、実際の業務を題材にするのがいちばんです。研修だけでは身につきません。ペーパーレスDXを教材にした進め方を示します。
- 紙が多い業務をひとつ選ぶ(例:請求書の受け取り)
- なぜ紙なのか、現場に理由を聞く
- ノーコードツールなど、扱いやすい手段で置き換える
- 小さく試し、現場の声で直す
- 成果を数字で見せ、次の業務へ広げる
この一巡を回すだけで、担当者は「変革の型」を体で覚えます。次からは、別の業務でも自分で同じ手順を踏めるようになります。
具体例を挙げます。ある製造業では、注文書を紙とFAXで受けていました。担当者はまず、受注担当に「どこが手間か」を聞き取りました。転記ミスと保管の手間が大きいと分かり、入力フォームに置き換えました。最初は一部の取引先だけです。うまくいったのを確かめてから、半年かけて全体へ広げました。特別な技術はいっさい使っていません。
ポイントは、いきなり大きな業務に手をつけないことです。全社の基幹システムから始めると、たいてい頓挫します。日々の小さな紙作業こそ、格好の練習台になります。変革の第一歩は、身近な不便をひとつ消すことから始まります。成功の数が、そのまま担当者の自信になっていきます。
推進体制の作り方
一人に丸投げすると、その人が辞めた瞬間に止まります。必ず経営層が後ろ盾(スポンサー)につき、現場から協力者を募る形にします。月に1回でも進捗を共有する場を設けると、担当者の孤立を防げます。
ここで大事なのは、担当者に時間と権限を渡すことです。通常業務の片手間では、変革はまず進みません。役割として正式に位置づけることが、実は最大の後押しになります。
体制づくりでは、評価の設計も忘れないでください。挑戦した人が損をする仕組みでは、誰も動きません。うまくいかなくても、試したこと自体を認める。この姿勢が、次の挑戦者を生みます。DX人材は、育てる土壌があってはじめて根づきます。旗振り役の孤軍奮闘に頼る体制は、長くは続きません。
注意点と失敗しない進め方
よくある失敗パターン
最も多いのが、ツールの導入そのものが目的になる失敗です。高機能なシステムを入れても、業務が変わらなければ意味がありません。次に多いのが、担当者への丸投げです。権限も時間も与えず「あとは任せた」では、動きようがありません。
RPAなどの自動化も同じです。対象業務そのものを見直さないまま自動化しても、ムダな作業を速くこなすだけに終わります。人材育成とセットで進めることが欠かせません。
もうひとつ見落とされがちなのが、現場を置き去りにする失敗です。上だけで決めたやり方は、現場が使ってくれません。導入の前に、実際に手を動かす人の声を聞く。この一手間が、定着を大きく左右します。人を巻き込むこと自体が、DX人材の仕事だと考えてください。抵抗にあうのは、たいてい説明と対話が足りないからです。
育成に使える支援策
社員の学び直し(リスキリング)には、公的な支援があります。ツールの導入費ならIT導入補助金、研修費なら人材開発支援助成金などが候補になります。負担を抑えながら育成を進めたい会社には心強い制度です。
ただし、対象経費や上限額、公募の回は年度によって変わります。申請を考える前に、必ず最新の公募要領と公式情報を確認してください。要件は事前によく読み込むことをおすすめします。
ひとつ注意したいのは、補助金ありきで計画を立てないことです。採択されなくても進める価値があるか。まずそこを自問します。支援はあくまで後押しであって、目的ではありません。制度に振り回されず、自社に必要なことを軸に据えてください。
外部人材・ベンダーとの付き合い方
外部に頼るときは、丸投げにしないことが鉄則です。運用をすべて任せると、ノウハウが社内に残りません。契約の段階で「社内へ引き継ぐ範囲」を決め、伴走してもらう形が理想です。
将来の乗り換えも見据えておきます。データを自社の形で持ち出せるか、契約終了時に何が残るかは、最初に確認すべき点です。ここを詰めておくと、後々の身動きが取りやすくなります。
相手との相性の見きわめも大切です。中小企業の事情を理解し、専門用語をかみくだいて話してくれるか。ここは最初の打ち合わせでよく見ておきます。難しい言葉を並べる相手より、こちらの目線に立てる相手を選びます。長い付き合いになるほど、この差は効いてきます。
よくある質問(FAQ)
DX人材は必ずエンジニアである必要がありますか?
いいえ、その必要はありません。DX人材の中心は、業務の課題を見つけて変革へ導く力です。プログラミングができなくても、現場をよく知り改善を主導できる人は立派なDX人材です。技術が必要な部分は、外部や実務役に補ってもらえば十分に成り立ちます。
中小企業でも自社でDX人材を育てられますか?
育てられます。むしろ自社の業務を知る社員を育てるほうが、外部採用より向く場面が多いです。ペーパーレス化のような身近な業務を題材に、小さく試して広げる経験を積ませます。この一巡を繰り返すうちに、変革を回せる人材へ育っていきます。
DX人材の育成はどのくらいの期間がかかりますか?
一概には言えませんが、最初の成功体験は数か月で作れます。一つの帳票を電子化できれば十分な手ごたえです。そこから別の業務へ横展開しながら、半年から1年ほどで「自分で型を回せる」段階を目指すのが現実的です。焦らず成果を積み重ねることが近道です。
外部委託と社内育成のどちらを選ぶべきですか?
両方を組み合わせるのがおすすめです。立ち上げの設計や専門的な部分は外部に頼り、日々の推進は社内で担う形が長続きします。外部に丸投げすると、ノウハウが社内に残りません。伴走してもらいながら、運用を自社に引き継ぐ設計にしておきましょう。
DX人材の採用が難しいのですが、どうすればよいですか?
採用競争は厳しいため、社内育成に軸足を移すのが現実的です。加えて、担当者に時間と権限を正式に与えることが効きます。片手間ではなく役割として位置づけると、社内の人が伸びやすくなります。不足する専門部分だけを外部で補う考え方がおすすめです。
デジタルスキル標準はどう使えばよいですか?
自社に必要な役割を見きわめる物差しとして使うのが実用的です。すべての類型をそろえる必要はありません。まず自社の課題に近い役割を一つ選び、そこで求められる力を育成目標にします。内容は改定されることがあるため、最新の公式情報を確認してください。
育成に使える補助金や助成金はありますか?
ツール導入費ならIT導入補助金、研修費なら人材開発支援助成金などが候補になります。負担を抑えて育成を進めたい会社には有効です。ただし対象経費や上限額、公募回は年度で変わります。申請前に、必ず最新の公募要領と公式情報を確認してください。
✏️ 林 拓海より
DX人材というと、どうしても「すごいエンジニアを採らねば」と身構えてしまいます。でも取材の現場で伸びている会社ほど、社内の普通の社員が主役でした。経理のベテランや、現場をよく知る若手が、ペーパーレス化を一つずつ形にしていく。その姿を何度も見てきました。以前、パソコンは苦手だと話していた総務のベテランが、半年後には社内で頼られる相談役になった会社もあります。始まりは、たった一枚の申請書を電子化できたという小さな手ごたえでした。共通していたのは、経営が「やっていい」と旗を立て、担当者に時間と権限を渡していたことです。技術は後からついてきます。まず一つ、紙の多い業務を選んでみてください。なぜ紙なのかを現場に聞き、扱いやすいツールで置き換える。この小さな一巡が、そのまま人を育てる教材になります。うまくいかない日もありますが、失敗を責めない空気さえあれば、人は自分から次へ進みます。DX人材は「探すもの」ではなく「育つもの」。そう捉え直すだけで、最初の一歩がぐっと軽くなるはずです。もし今、任せられる人がいないと悩んでいるなら、身近な一人に声をかけるところから始めてみてください。あなたの会社の変革が、無理なく続いていくことを願っています。
